恩師、佐藤先生の運転手を学生時代からつとめてきた。
先日の退官祝賀会でも、ゼミ生は運転手をつとめ、それにまつわるネタがたくさん披露された。
佐藤ゼミの伝統でもある。先生の運転手兼秘書兼鞄持ちで、さまざまな場面に同行させていただく。という事。

佐藤先生の兄弟子的な存在であった、故・木島先生。丹下さんの流れを汲む、建築家・都市計画家である。
木島先生が設計した東陵高校の建築学会賞受賞パーティーに出席する佐藤先生を、当時私が乗っていた中古の軽自動車で、熊本市内まで運転手をつとめさせていただいた事がある。

会場のホテルまで先生を送り届け、駐車場で待機。その後、二次会会場の孤風院まで、先生の同期の方数人をのせて向かう。熊本大学の学生達にまざり、お酒は飲めないのでジュースなどで小腹をみたす。
深夜まで続き、先生を送り届ける。
木島先生が、そんな私を気遣い、木島先生手作りのみそ汁をふるまってくれた。
これが、私が木島先生と直接お話した最初で最後の出来事であった。

バイト代も出ない過酷な運転手業務だったが、このとき会場に来ていた、出江寛さんのミニレクチャーを聞かせていただいた。建築家に必要な3Pという話。いまでも覚えている。ポリシー、ポテンシャル、ポエム。
出江さんが日本建築家協会会長に就任したさい、大分で講演会を開催したが、そのときの、こまごまとしたお世話役をつとめさせていただいた。当時からまったくブレていない事に感動したものだ。

こうやって、いろんなところにつれまわしていただき、ハートに火をつけて頂いた。

先生が退官されたという事は、これまで学生が担っていた運転手業務を、これからは誰かが担う必要がある。
これは、率先して私が担わなければと、初心に立ち返る気分である。

新車のアテンザ。当時のボロボロの軽自動車ではない。ようやく先生をお乗せして恥ずかしい思いをさせない車が手元にある。

45歳になり、また恩師におつかえ出来るという、よろこび。
この歳にならないとわからない事ではないかと思う。