親孝行とはどうあるべきか、と考える機会が増えてきた。
今年で78歳と73歳になる両親。
母は4年前に動脈乖離で死にかけたが、奇跡的に助かる。術後の経過は良好だが、母の気分的には、もうそこまで長生きする自信はないという。
父は、大きな病気こそないものの、体調がすぐれないらしい。
100歳を越えるくらいに長生きして、と言うと、バカ言うな、と怒る。
90歳、米寿の88歳、いやいや、とてもとても。
じゃあ、せめて80歳まではがんばってみようよ。
そういったところで落ち着くのだ。

長生きしてもらうために、フォローする。
介護が必要になった場合、介護保険に頼る事になるのは間違いない。
在宅介護が可能であればそうなるし、有料施設にお世話にならざるをえない事もあるだろう。

もう、こういった状況になれば、してあげられる事はわずかな事しかない。

両親が期待していたような息子たりえただろうか。
そこを考えはじめると、もう、取り戻しようがない。

仕事柄、家づくりの要望を聞くと、将来両親を迎え入れる事ができるようにと、一階に和室をもうけるクライアントがいらっしゃる。仏壇をおけるようにというご要望もある。
ああ、美しい話だなあ、と思う。
孝行息子さんだなあ、と思うものだ。

絵に描いたような、大分県の孝行息子というものを想像してみる。
素直でいい子。成績優秀、スポーツ万能。
上野が丘高校をへて、大分大学経済学部に合格する。4年で卒業し、大分銀行に就職する。
すぐに女子行員さんと恋愛結婚。子供2人をもうける。
順調に出世街道を進んでいく。
実家を二世帯住宅として建て替える。両親を扶養家族として、6人でなかよく暮らす。
子供達がやはり、大分大学を卒業し、大分銀行に就職がきまり、ひ孫がうまれたくらいで、家族12人。
11人の家族にみとられながら、自宅でお父さんを看取る。その5年後くらいに、お母さんを看取る。
そうして、長男が同居しようか、という話につながる。少し家をリフォームしようかくらいでいいだろう。延々とこのくりかえしが続く。
江戸時代の武士のような暮らしだろうか。
大分銀行が大分県庁にかわってもいいだろう。

なにがおもしろいのか、というツッコミがあるかもしれないが、これぞ、孝行息子だろう。
実際に、こういったクライアントに会ってきた。最強だな、と思ったものだ。

18歳くらいのころ、こういう事が理解できていれば、それを目指していたと思う。
いまとなっては、あとの祭りだが。

親孝行も、つきつめていえば、偽善行為に当たると言われている。
それもわからないでもない。

出来る範囲の事をするしかすべはない。
もうこの後に及んでは、親孝行の優等生にはなれそうもない。それだけは、心に刻んでおくしかないだろう。