東野圭吾原作の映画「真夏の方程式」を見る。
ガリレオシリーズだが、きれいな海辺の町での出来事で、みている私も、ひと夏の出来事のような気分にひたれた。

秘密を抱えた家族。葬りたい過去の扉をあける不吉な使者の殺害。
東野圭吾の作品には、誰かを守るための嘘がよく描かれる。

ドラマで刑事物が多いのは、犯罪や殺しには、決まって、愛や家族がつきまとう、人間の根源に肉薄できる要素に満ちあふれているからなのだろう。
時代劇にしても、大岡越前、水戸黄門、遠山の金さん、鬼平犯科帳。いずれも、そうだ。

この映画、とてもよかった。
前田吟の名演が光る。

子を思う親の無償の愛。最近、こういった親子の話になると、涙腺がゆるくなってきている。

今年78歳になる親父と73歳になる母の事に思いが移る。
いまもかわらず、不肖の息子である私に無償の愛をなげかけてくれている。

中学生の頃、反抗期もあり、プチ家出をしたことがある。
わずか一日で先生に見つかり学校につれもどされてしまったのだが、両親は心配して探しまわってくれていたらしい。そのときの記憶がよみがえる。

荒れていた中学時代、親父にはむかい、親父に足蹴にされた事がある。親父を殴り返すほど、性根はくさっていなかったのだが、足蹴にされる私を必死にかばってくれた母の事を思い出す。

高校生の頃、宿題をやっていない事を先生にしかられ、帰れといわれた事がある。
本来であれば、あやまって、帰らないという選択肢をとるべき所だったのだろうが、私も短絡的に、帰った。
帰った事で先生はさらに怒りまくったが、そのとき、母は、猛然と先生に抗議してくれた。
悪いのは私という事は間違いないのだが、ビンタされ鼻血を出して帰ってきた息子を守りたい一心だったのだろうと思う。

荒れていたり、落第寸前の中学高校生活から一転して、大学、大学院まで進んだ私を両親は喜んでくれた。

そして、独立してからの私をサポートし続けてくれている。
難しい事はわからないようなので、私の100をこえる受賞の話をしても、なんか、よくわからないけど、と、リアクションが薄いのが寂しいのだが、こっそりと、イベントのチラシに乗る私をチェックしているそぶりがある。

出来るだけ長生きしてほしいと今は願う。親子の会話も少なかったのだが、最近は会話する時間を増やしていこうとつとめている今日このごろだ。

親が子供に捧げる無償の愛の尊さ。そのような事がようやくわかる年齢に達したように思う。