両親が読み始めた産経新聞。
内容も適正で面白いと、朝日新聞から乗り換えて大正解だったとよろこんでいた。
身近な人も産經新聞に切り替えている人も多かったそうである。
主義主張があって朝日新聞を読んでいたわけではない両親も、しらずしらずに、左側に洗脳され続けていた呪縛が解けていくかもしれない。

さて、母が産經新聞の九州版ページに、女性建築家のコラムが載っていたよ、と、探し始めた。
いや、そう真剣に探さなくても、と思うが、息子のなにかの参考になるに違いないと思い込んでいるらしく、制止できない。しかたなく一緒に数日間の新聞を開く。

発見したのは、松岡恭子さんのコラムだった。
「松岡恭子の一筆両断」というタイトルがついているところを見ると、定期連載しているのだなとわかる。
おそらく、今後、母は切り抜きをはじめるだろう。

松岡恭子さんとはいくぶん面識がある。九州の女流建築家といえば松岡さん。それくらいの確固たる地位を構築されている。私より5つくらい先輩だ。才色兼美とはこの人の事を指す。
すばらしい作品をつくっておられる。
私が学生の頃、佐藤ゼミでは北九州空港のブリッジのデザインの三次元景観シミュレーションを行っていた。
そのデザインをしたのが松岡さんだった。かっこいいデザインだったので、いまから20年前の出来事だが、福岡に松岡さんあり、という認識があった。当時から若くして才能を開花させていた方であった。
20代後半でこのような大きな仕事に携わるというのは並大抵ではない。

さて、コラムを読むと、村野藤吾の事がかかれていた。
一般の人にもわかりやすく書かれていた。
昨今の話題も交えて、近代建築の保存の意義を伝えていた。
文章がとても上手だった。
建築家としての活躍はもちろんの事、建築教育、さらには、近代建築の保存や啓蒙の社会的活動をされているのはすばらしい事だと思う。

さて、コラムに出てくる村野語録に、ひきつけられる。
「99%関係者の意見を聞き、残りの1%から仕事はスタートする。それでも村野は残る」
というようなもの。
モダニズムの信奉者である私は、この世代の建築家の中では、丹下さんなどに興味があり、村野さんの仕事は、一冊の作品集を持っているくらいで詳しくない。
しかし、この名言は、我が意を得たり、と膝を打つくらいに共鳴した。
村野さんを論ずるレベルに達していない私ではあるが、ああ、それでいいのだと勇気を頂いた。

ラショナリズムを標榜する私にとって、物事の決定は合理的でありたい。ひたすらニュートラルに決定していく。そういった手法を取る。クライアント要望には忠実に、構造、設備、施工の面からも合理性を見いだし、パッシブデザインの観点からも合理性を得る。場合によっては、風水理論からもヒントを見いだす。
99%をラショナルに決定し、残りの1%が私の好み。そのようにしてきたつもりだ。
この件の文章は、処女作が出来たときのオープンハウスで配布した資料に記載しているので、もう13年前の事。

しかし、冷静に自分の作品をみると、自分では1%から組み立てているつもりではあっても、あきらかにスタイルがある。まだまだ、引き出しが足りないな、と。

それぞれ、建築家には、自分自身の必殺技のようなものがあると思う。
難しい案件だった場合、ついつい、必殺技を出してまとめようとしたくなるものだ。
私の場合、必殺技の4つくらいをコンボで出したりしているので、すぐにまとまる。
それは、楽をしている、という事かもしれない。
必殺技を封印して戦ってこそ、というのが、村野さんの主張だと思う。

スタイルをつくりあげたいとする欲求と、スタイルをかなぐりすてて新たな地平を目指す、という二律背反する事に揺れるのが建築家だろうか。

近々、村野さんの作品巡りをしようと思い立つのだった。