連休の最終日、レイトショーで見てきた。
原作を読んだ後であったので、俳優の演技力に目がいく。
原作からかわっていたのは、主人公の姉の恋愛話がごっそりと割愛されていたところだ。
たしかに、原作を読んでいても、その部分はもたもたしているかんじがした。
極端にいえば、主人公の現代の若者の描写は必要ない。

CG描写は、もう、リアル。
ただし、描写しているのは、ひとつの空母のみのまわりの範囲。
ロードオブザリングなどのように大軍がわらわらというものでもない。
硫黄島のようなものでもない。
あくまでも、零戦の部隊の身の回りからみた戦争。そういう描き方だ。
戦争ものでは、大局の動静などもえがかれるのであるが、徹底的に排除されている。
生き残りの証言者がみた、ごく一部の情報。結局のところ、そういうものかもしれない。
300万人の戦場体験者、それぞれに、それぞれの戦争がある。そういう事だ。

橋爪さんの演技がきわだっていた。証言者の演技。これはもう、俳優の力量にたよるほかない。

ラストは、特攻に成功する瞬間で終わる。
いい終わり方だと思う。
なぜ、あれだけ命を惜しんだ宮部さんが特攻に向かったのか。
戦闘機乗りの意地だと思った。
敵空母に到達すらできないまま撃ち落とされる特攻機。
最後には、自分の手で、特攻を成功させる。その意地だろう。

この映画は、世界中の人がみるべき映画だと思う。

原作者にはわるいが、現代の若者をストーリーテラーにする骨格でなりたっているが、その部分が邪魔だった。一人のおじいちゃんが、戦友の墓まいりに向かう。墓前に手をあわせながら、回想する。
そういったものでもよかったと思う。

見ていて思った。
ガンダムがこれだけ長く愛されているのは、零戦パイロットの物語と酷似しているからだと。
少年が戦場にかり出され、最新鋭のマシンにのり、いやがうえにも戦っていく。
宮部さんの姿とアムロの姿が重なる。
戦場にしかない極限の物語なのだろう。

帰ってから、Kindleで坂井さんの著書を読んだ。実在のゼロ戦パイロットの体験記。
これはまた、淡々と戦場が描かれている。

みずきいちろうさんの戦場マンガも悲惨な状況が描かれている。
一兵卒が見た戦場。さまざまなものがあるのだ。

ウォーギルドプログラムのせいで、戦争体験が封印されてしまった。
本来は、敗戦後すぐに、生還者全員から詳細な証言をあつめて、膨大なアーカイブをつくるべきだったのだ。
いいことわるいこと、すべてまとめあげねばならなかったのだろう。
時既におそし。生存者ももうじき誰もいなくなる。
右や左のバイアスのかかっていない、正確な戦争アーカイブ。それが見たい。

大分県の宇佐も特攻のゆかりの地だ。掩体壕などが残されている。近いうちに見に行ってみようか。
日出町には回天の基地もある。

いまの日本。そして、私自身の生き方。最後にはそこにいきつく。
このような平和に胡座をかいて生きていていいのか。なにか、国のために役立っているのか。
当時の若者のように必死に生きているか。
そのような無力感にかられてしまった。