久しぶりにDVDで映画を見た。
ピューリッツア賞受賞作家の脚本、リドリースコット監督。
豪華俳優陣の演技が光る作品。

原題は「カウンセラー」。法定弁護士というシンプルなタイトル。

ストーリーは、美しい恋人との結婚が決まった弁護士が、お金の必要にせまられて、一度くらいならいいだろうと、覚悟なしに闇ビジネスに足を踏み込む。
そこから、破綻が始まっていくというストーリー。

極限まで冗長性を排除し、哲学的な会話がちりばめられた脚本に、リドリースコットの映像美。
難解なストーリーのように最初は思うが、見ていくうちに、作品世界に引込まれていく。

人生とは選択のくりかえし。
その瞬間の選択に大きな覚悟があるのか。
その選択によって引き起こされる事態にあらがう事はできない。
そういった無常観を表現している。

闇ビジネスのボスのようなものはほとんど登場しない。
闇ビジネスに加担している人達は、全体像を知らないまま、ひとつの駒として動く。
偶然など関係なく、現実にダイレクトに反応する。それだけだ。
主人公は偶然によって裏切り者とみなされ、弁明の余地すらなく、虫けらのように粛正されていく。
不条理だが、まるで、神の思し召しのように、あらがう事すらできない。

本来のハリウッド映画ならば、闇の組織から命をねらわれた主人公は、敢然と立ち向かい、一人で巨悪と戦い勝利するのだが、そうはならないのだ。

台詞に頻発する哲学的な問い。
この作品は、サスペンス、スリラー、アクションの要素があるのだが、劇中にも登場したチーターのように、本能にまかせて狩りをする野生動物と捕食される獲物との関係性を描いているのだと思った。

人間も大きくわけていえば、動物であり、狩りをする性質のものと、そうでないものがいる。
悪と善とわけてもいいだろうか。
しかし、自然界の食物連鎖に善悪などないように、人間界の犯罪も善悪などなく、本能にそって淡々とおこなわれている。巨悪に深い陰謀などなく、日常の延長線上である。そういうメッセージがある。

日本はまだまだ平和で、こういった話は日常生活においてはそうそう起こりえない。
が、世界をみわたせば、こういった闇ビジネスに接してしまう可能性が高いのだろう。

まるで津波のようにあらがう事が出来ないもののように思った。

人間の欲深さを戒めているようにもおもえるが、そうでもない。
因果の法則を説いている映画だと思う。
選択によってひきおこされる結果。もう、選択をした時点でそこから先の未来は確定する。
引き返す事はできない。結果を受け止めるしかすべはない。
人生に意味などない。
そういった無情感をさらりと描いたものだ。

残虐シーンが多いのでぞっとするが、違う意味での恐怖感がじわじわと浮上してくる映画だった。