以前、「プーチン最後の聖戦」という本を読んだ。
生い立ちから、現在のポジションに到達するまでの半生が描かれていた。
現在、国際社会でどのように奮闘しているのかも解説されていた。

柔道をたしなみ、秋田県から贈呈された犬とたわむれる姿をみて、日本人の多くは好感を持っている事だろう。

YouTubeなどでプーチンの映像を見ると、その男気があふれかえっている事が見て取れる。

柔道の恩師、第二の父とされている人の葬儀に参列したプーチン。
沈痛な面持ちで別れをつげる。
帰りの車に乗るさい、一人になりたかったらしく、乗車を拒否し、SPを遠ざけ、一人歩き始める。
喪服に身を包んだ孤独な後ろ姿が映されていた。
警備も大変だったろうと思うが、あの小柄だが筋骨隆盛した後ろ姿。
あの背中でロシア、そして、世界各国との外交の重責を背負っているのだと思う。

日本とロシアの間には、いろんな歴史がある。
日露戦争もあったし、北方領土問題もある。シベリア抑留もある。
しかしプーチンは、そのような過去の負の遺産を前向きに乗り越えようとする遺志を感じさせてくれるのだ。

ウクライナ問題においても、プーチンの行った事は歴史的に大評価される時期がくるように思う。
電撃的な対応で戦火の拡大を防いだと評する説もあるようだ。
戦わずして勝つ。
軍港の出入り口に老朽船を沈めてウクライナ艦隊を封鎖したらしい。あくまでも事故というあつかいだろう。
あくまでも事故、あくまでも民兵。諸外国からのツッコミをかわす。そちらも、市民デモといっているが、あれだけ武装した市民というのはどうなのか、と切り返せばいい。

各国のトップの評価というのは、現在進行形ではわかりにくいが、実績と事実の検証が行われて、歴史的に形成されていくものだろう。
日本の場合、民主党政権下の数人の総理は、もはや、売国奴のようなものとして評価が固まっている。
大分県民としては、村山富市元総理の存在が忌まわしい。
安倍総理はどのような評価になるだろうか。

沖縄サミットでのプーチンは、地元の柔道道場を訪問し、生徒さんと組み手をする。自分が投げ、そして、生徒さんに遠慮せず自分を投げさせる。ロシアの大統領を投げ飛ばす。ありえない話。こんな大統領がどこにいるだろうか。

一つの家庭、ひとつの会社を背負う事ですら、難しいものだと思う私。
国と世界を背負うというのはどれほどの事か、想像もつかない。

もっと私も強さを持たねば。そのように思う。