トラウマというか、この年齢になっても、大学を留年してしまう夢になやまされる。
あと、数単位足りない。そのせいで、留年。
夢の中なので、荒唐無稽な設定なのだが、もう大学生を8年くらい続けている。そんな夢だ。
単位が今年もあと数単位足りない。周囲が喜んでいる中、一人愕然とする。そんな夢だ。

大学1年の終わり頃。夜のアルバイトをはじめるようになって、案の定、朝おきれなくなる。
午前中の講義はすっぽかしまくった。まだ3年以上もあるとタカをくくっていたのだ。
この影響で、一年次後期の単位はほとんどとれていなかったように思う。
このままではいかんなと、夜のバイトを卒業する。
2年が終了するときに、一般教養の単位がとれていなければたしか留年だった。後期のおわりごろに、そういった制度にようやく気がつくありさまだった。
慌てて計算すると、それが、ものすごくギリギリ。
2年後期の履修講座の単位をひとつでも落とせば留年決定。
それくらいの際どさだった。

同期のうち、数人はこの段階で留年が決定していたし、ひとつ上の留年組が3年次から合流してきた。
留年組は当然ながら、ひとつ下の学生となじむはずもなく、数人で肩をよせあっている。
そんな状況であった。

大学で単位がとれずに留年というのは、よっぽどの事だと思う。
出席さえしていれば、試験の点数が悪くても、追試とかなんとかで、最低ランクの成績ではあるが単位はとれる。自己管理能力の欠如と問われてもしかたがない。

基準単位をわずか1単位上回るくらいの感覚で、なんとか切り抜けた時には、命拾いしたかのような気分だった。なにかのポリシーがあって留年するのであればかまわないと思うが、アルバイトに精をだしての留年というのは、本末転倒もはなはだしい。そう思う。

よく、大学の講義に意味を見いだせなくなった、などというフレーズを聞くが、たしかにそれはわからないでもない。一般教養は特にそう感じた。しかし、そんな事は大学に行く前に理解していなければと思う。
たいくつな講義も、出席さえしてしまえば、なんとかなる。それ以外は自由な時間。自分の道を探せばいい。
それくらいの両立ができないのは甘えだ。

この時の恐怖感が色濃く残っているようで、年に数回は留年する夢を見てしまうのだった。

幸いにも、いままでの人生で留年とか浪人とかの経験がない。
高校の同期にも数人は一つ年上の同級生がいたし、大学の同期にも一つあるいは二つ年上の同期がいた。

今思えば、若い頃の1年や2年など、とるにたらないものだと思うが。

レールから外れるというのは怖いものだと考えていた。
しかし、29歳で一般的な人生のレールから外れ、建築家の道を進む。
極端にいえば、今でも人生のレールをふみはずし、暴走中のような気分もある。

いまだに留年の夢をみるというのは、なにか、まだトラウマを引きずっているのだろうと思う。
いつになったら平安な日々がやってくるのか。
いや、しかし、平安で平凡な人生などクソ食らえ。
揺れ動く日々を継続しているともいえる。

一つの会社に大学新卒で入社し、年齢とともに役職が上がっているような人を見ると、もう、羨望のまなざしになる。

日本はまだまだ、そういった、会社を転々とする生き方に偏見があるように思う。
華麗なキャリアアップをする人も増えてきたとおもう。

リクルートのCMで「誰が人生をマラソンに例えた?」というのがある。
人生は一つのレールではなく、それぞれが同じゴールをめざす必要などない、と。
いいCMだなと思った。
しかし、現実は、皆が皆、別のルートに飛び出していき、自分のゴールにたどり着けるものでもない。
途中で力つきて倒れ込む事もある。
コースの整備されたマラソンですら、完走できない人もいるのに、自分で道を切り開きながらであれば、なおさらだ。

私に子供ができたならば、まよわず、安定した道に進ませてあげたい。
やさぐれた職業についてしまった反動だろう。ものすごい保守的な考えになってしまった。