ソチオリンピックのラージヒル団体で日本男子チームが銅メダルに輝いた。
長野五輪の再来のような出来事。そのチームを率いたのがレジェンド葛西。
解説する原田と舟木。

過去の映像をYouTubeで検索する。
原田の「ふなき〜」から「ここは長野だから」までの号泣インタビューを見て、感動がぶり返し、一晩、感動に包まれて涙が止まらなかった。

第四の男と呼ばれたトップバッターの岡部の話も出てきて、さらに泣かされる。
そして、長野五輪のテストジャンパーの話で、さらに泣かされた。

そして、葛西のワールドカップ優勝時の各国のトップ選手が敬意をもって祝福の挨拶に来るシーンで、泣かされる。

長野五輪メンバーのうち、3人が雪印に所属し、斉藤は監督、原田はコーチ、岡部は現役キャプテン。
舟木は独自のクラブチームを立ち上げ現役継続している事がわかった。

マスコミ自体、舟木の現役続行中を知らず、無礼な失態をおかす始末。マスコミの腐敗ぶりは甚だしい。

長野五輪の団体メンバーから漏れた葛西のレジェンド。
長野五輪メンバー達も立場を変えて見守っていたのだ。
それぞれの思いを抱えて、ジャンプにかかわりつづけている。

葛西も当初は海外のトップ選手の間では、あの日本のおじさん、まだやってるよ、と嘲笑されていたらしい。
しかし、壊れかけのオジさんが、彼らよりも遠く飛ぶ。嘲笑が敬意に変わりレジェンドとなる。

舟木と岡部もいまだレジェンドの過程にいる。どのように自分の思いと現実との折り合いをつけるのか。

アスリートの場合、肉体の限界が先に来る。
それに打ち勝ち、たゆまぬ技術革新の努力を重ねて世界のトップに君臨しつづける。
あの皇帝プルシェンコですら31才で引退。レジェンドと呼ばれるのも無理はない。

ジャンプに魅せられた人達。
まるで鳥になったかのようなジャンプ体験。誰よりも遠く飛ぶ。
おそらく、死ぬまで続けたいというのが本望だろう。

しかし、続ける為にはそういった環境がいる。
葛西は独身をつらぬき、スポンサー企業を失いながら、苦しい状況でここまで来た。
舟木は自分のチームをつくり、苦しい中で奮闘している。

アスリート。スキージャンパーなどは冒険家に近いだろうか。
自分で選んだ道。プロとして食べていくのは難しいだろうし、企業スポンサーを見つけるのも大変だろう。
それでも続ける。麻薬のようなものだろうか。

ジャンルは違うが、建築家も似たようなもの。
建築という麻薬におかされてしまい、もう別の道に行く事など考えられない。

葛西が独身を貫いているのもわかる。
妻子がいたならば、続けていく事は難しかったかもしれない。
いや、そんな葛西をささえたいと思う女性もいるかもしれないが、葛西は永遠にジャンプに恋いこがれ続けるだろう。その先にどんな未来があるだろうか。
レジェンドの影には悲劇しかないのかもしれない。

アスリートがのびのびと活動を続けられるためには日本経済の余裕が必要だ。
雪印も事件のあとスポーツ振興の予算捻出に苦労しただろう。それでもふんばってジャンプだけは死守している。我々ができることは、雪印製品を消費するくらいしかないだろうか。
一番じゃなければダメなのかと民主党は予算の仕分けを行った。
オリンピックのときだけ、マスコミはメダル獲得をあおる。
原田がジャンプ失敗したあとの一年間くらいはバッシングになやまされたという。

それを乗り越えた原田。沙羅ちゃんの解説のときには深い愛があった。

アスリートの苦闘を通じて人は皆自分の世界に思いをめぐらせ、勇気と感動を受け取る。
オリンピックの尊さはここにあるのだと思う。