映画ゴッドファーザーは好きな映画の筆頭だ。
3作ともに共通するのは、クライマックス、教会での神聖な儀式と同時並行で、組織の体制を盤石にするための、非情な殺戮が行われる点にある。

現実の世界においても、そういった事が行われているように思えてならない。

たとえば、ソチオリンピック。
閉会式に参列するプーチン。このとき、同時に、ウクライナで、なにかのアクションが同時にとられていたかもしれない。プーチンが立ち上がり、挨拶した瞬間が決行のサイン。
ソチでテロを決行しようとしたグループが、瞬時に壊滅させらるとか。
妄想は広がる。

建築家の仕事は、プロジェクトマネージメントもかねているので、着工の目標日や竣工の目標日を設定し、それにむけて様々な事柄を進行させてゆく。
それが複数の案件で進行しているわけだから、毎日、気が緩む事がない。

たとえば、地鎮祭の晴れの場に参列する。気持ち的には、ひとつのプロジェクトの節目であるわけだから、ゆったりとしたいところだが、頭の中はいろんな事で満杯だ。
そこに、一本の電話。
例のプロジェクト、硬直状態であったものが、次の進展に移れるタイミングの知らせ。
よし、実行だ。
そのとき、脳内にはゴッドファーザーのテーマ曲が流れる。

その逆もある。
思いも寄らない展開の連絡が入る事もある。すかさず、次の対策を考えるのだ。

映画のように、複数の事案が同時にクリアになる事はそうそうないが、ときどきはある。
今日はなんて日だ!と思う。

いくぶん興奮しつつも、安心はしていられない。すかさず次の展開のための伏線を張りはじめるのだ。

建築関係者にとって、その節目は大安吉日になる事が多い。

工程管理を行う現場監督などはもっと大変だ。
段取り力が問われる。優秀な監督は、根をあげる事もなく、淡々と、複雑な工程表のからみをにらみながら目標に向けて戦っている。その精神力はすばらしいものがあると思う。
出来るだけ工程管理のさまたげにならないようにいつも配慮しているつもりだ。

美しい作品をつくることはもちろん、美しい仕事の進め方を極めていきたいと、常日頃考えています。